奉祝天皇陛下御即位

令和元年5月1日に浅間大社青年会と富士宮囃子保存会合同で、天皇陛下御即位を祝し静岡県富士山世界遺産センターから富士山本宮浅間大社楼門前馬場まで、底抜け屋台で奉祝の囃子を奏し練り歩きました。

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午前中はこんなに良い天気だったので、このまま天気がもってくれれば良いと思っていました。石鳥居南にまで御朱印の列が繋がりました。なかなか進まないので2時間待ちを覚悟しましたが、なんとか1時間10分ほどでたどり着きました。
やっぱり予報の通り開始予定の午後2時頃から雨が降り始め、楼門前馬場に着く頃には本降りとなりました。

記念撮影は底抜け屋台も入れて

雨には泣かされました。底抜け屋台の提灯はこの日参加した町内です。

写真一覧

神田祭見学-1 思い出を探し散策

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浅間大社祈祷殿前に6時半集合で神田祭に出発しました。
9時には東神田三丁目町会に到着しましたが、集合時間の12時まで間があるので単独で神田明神まで見て歩きました。

以前お世話になった岩本町三丁目の宮入り道中

神田明神までの道で出合った岩本町三丁目町会は、昔掲示板でお誘いいただき始めて神田祭に参加させていただいた町内でした。平成21年まで5-6回お囃子仲間と参加させていただいた物で、その節は大変お世話になりました。声をかけていただいたのがHさんで、平成21年に富士宮市で国民文化祭の「お囃子の祭典」を開催したとき、このHさんが事務局をされていた神田囃子保存会が出演に名乗りを上げて下さいました。

東神田三丁目町会の宮入りで神田明神に着いたとき、鳥居前の神田囃子保存会の舞台にHさんを見つけたので挨拶させていただきました。


江戸囃子の流れを汲む囃子を集めるといった趣旨でしたが、肝心の江戸囃子が出演しなければとても残念な結果になっていたでしょう。本当に有り難く、心より感謝申し上げます。

この朝の下見で、底抜け屋台をいくつか見ることが出来ました。

豊島町は底抜け屋台を押しながらお囃子を奏でる

末廣町の底抜け屋台

諫鼓の高張り提灯をつけた底抜け屋台は多くの町名の長提灯をつけています

5月1日の改元の日に浅間大社青年会と富士宮囃子保存会が合同で、天皇陛下の御即位を奉祝するために富士山世界遺産センターから楼門前馬場まで底抜け屋台で後退で囃子を奏し歩きました。
祭り自体が山車祭りゆえ囃子は山車で囃すので、実際の祭りでは出番はありません。
山車を持ち込めない保存会の舞台発表で使おうと作った物で、なかなか機会が無かったものでしたがようやく日の目を見た次第です。

ようやく馬場に到着

この底抜けは昔神田祭で見た物の写真を参考に作った物です。

着替えなどで余裕を見て11時までに東神田三丁目に帰る予定でしたが、少し早く着いたため居場所も無く、近所を散策して仲間が来るのを待ちました。

写真一覧

スライドショーで使用している写真の一覧です。

蕨睦、令和元年神田祭東神田三丁目宮入りに参加

富士宮市のある青年会有志が「蕨睦」という神輿會を作りました。
青年会時代からご縁のあった東神田三丁目町会のお世話になり、令和元年の神田祭に参加しました。その写真と動画を編集した記録ムービーです。

 

秩父夜祭 初日を見学

富士宮まつり青年協議会の研修で秩父夜祭初日を見学しました。

秩父神社

到着後、秩父神社に参拝しました。

本町屋台

最初に出合ったのは本町屋台で、休憩中でした。

中町屋台

次に出合ったのは中町屋台で、夜の曳き回しに向けての準備中でした。

上町屋台

その次は上町屋台で、提灯の準備中でした。

秩父まつり会館展示

秩父まつり会館では、3D映画、プロジェクションマッピング、各種展示が見られました。

引き回される中町屋台

まつり会館から曳き回し会場に戻ると最初に出合ったのは中町屋台でした。

中町屋台の曳き回し動画です。

本町屋台

次は本町屋台です。

上町屋台

そして上町屋台に会いました。

上町屋台で囃し手をする林家たい平さん

林家たい平さんが乗っていました。

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平成30年富士宮まつり競り合いマップ

11月3日夜 宮本、神立、福地の競り合い

 

平成30年富士宮まつりの競り合いの場所をGooglemapにマークしました。

富士宮まつりの見せ場は競り合いです。
3日間市街各所で繰り広げられる競り合いをGooglemapにマークしました。
マップ上部のタイトル左のアイコンをクリックすると画面左に場所名一覧ウインドウが表示されます。
場所名をクリックするとその場所がマップ中央に表示され、ウインドウに競り合いの日時と内容が表示されます。

 

マップに表示される番号と場所名
1.佐野包装倉庫前
2.琴平会所前
3.高砂酒造
4.さの萬
5.二の宮会所前
6.旧ボナペチ
7.木の花区民館
8.阿幸地会所前
9.富士宮清掃
10.さちスキンクリニック
11.宮本会所前
12.中道参道
13.城山会所前
14.旧元気広場
15.御手洗橋交差点
16.藤原前
17.西富士宮駅ロータリー
18.松山会所前
19.志ほ川前
20.すぎもと前
21.静岡銀行前
22.旧ニシカワ前
23.祭典本部前
24.祭典本部
25.山げん前
26.はなとう前
27.神田会所前
28.アイザワ証券前
29.丸亀製麺交差点
30.清水銀行前
31.東小南
32.キリスト教教会北側
33.西ヶ丘幼稚園
34.メガネの春田
35.小野田本店前
36.クリブン駐車場
37.ハトヤ前
38.文昇堂前
39.寝具の佐野前
40.常泉寺北側
41.市役所北側駐車場
42.市役所北側市庁舎前
43.西村商店前
44.羽衣会所前
45.世界遺産センター南
46.イオン南
47.富士宮駅前ロータリー

一生一度の晴れ舞台 古式流鏑馬「行い」

篠原浩一さん撮影

 

これも知人に撮って戴いた写真です。

平成25年5月5日に浅間大社流鏑馬祭古式流鏑馬の「行い」に奉仕したときの写真で、富士宮囃子保存会仲間の篠原浩一さんに撮っていただきました。

浅間大社流鏑馬祭では二つの流鏑馬が行われます。

一つは流鏑馬祭に引き続いて行われる古式流鏑馬、もう一つは市内練行を終えて夕刻から行われる神事流鏑馬(小笠原流流鏑馬)です。小笠原流流鏑馬は元々行われていた浅間大社の流鏑馬(古式流鏑馬)が衰退していた頃に、お願いして奉仕していただくようになりました。初回が昭和29年で、それから小笠原流流鏑馬斉藤道場一門により欠かさず奉仕されています。

 

撮影:篠原浩一 オリジナル

もう一つが昔から行われていた浅間大社流鏑馬祭に伝わる流鏑馬で、古式流鏑馬と呼ばれています。
拝殿での神事に続き桜の馬場に会場を移し、御子乗り、馬場入り、馬改め、射手次第書、上げ状問いの行事が行われ、次いで行われるのが「行い」です。

浅間大社流鏑馬祭行い

浅間大社流鏑馬保存会の会員が、毎年交代で奉仕する重要な役です。

古式流鏑馬の最後に行われるのは「本乗り」で、五騎が疾駆する馬上より的を射て駆け抜けます。その後2往復ほど馬を疾駆させます。

 

平成25年浅間大社流鏑馬祭行い動画

家内に動画で撮ってもらったもの。
写真だと判りませんが、動画で見ると歯ぎしりをしたり前肢で地面をかいたりと馬が落ち着かないのがよく判ります。

 

平成30年浅間大社流鏑馬祭動画 (参考)

翌年5月からは元号が変わりますので、平成最後の流鏑馬祭です。

絶景 山車の屋根から

渡辺博司さん撮影

名刺代わりの交換札に祭りでの写真を使用して見ました。

山車の屋根から4区の競り合いを撮っている所です。
平成16年11月4日、宮本会所前で4区が2対2で競り合いを行いました。
その時に屋根から写真撮影していた時のもので、祭典長の渡辺博司さんが撮影してくれました。
伝統的な競り合いでは、山車を接近させたら固定させ迫り上げを上げて競り合います。
動かないからこんな格好でいられるのですが、念のために命綱の晒しを左足腿に引っかけています。

区民館前から祭典長さんが撮った写真です。

この時はこんな写真を撮っていました。
琴平の赤い弓張り提灯を持って山車を寄せるのが新米梃子長の山本君です。消防団第三分団の後輩です。後ろではらはらしながら見守っているのが若松さん。先日他界されました。
富士宮囃子保存会で長年ご尽力賜りましたこと感謝申し上げ、ご冥福をお祈り申し上げます。

屋根からの眺め

高い所は好きですがなかなか屋根に登る機会が無く、この時はたまたま登ることが出来ました。

祭りの楽しみは踊り?

買手屋彰靖さん撮影

名刺代わりの交換札に祭りでの写真を使用して見ました。

祭りでは写すばかりで、なかなか写してもらう事がありません。
これは平成26年の富士宮まつり中日の共同催事で、知らぬ間に買手屋さんに撮ってもらった写真です。

何を笑っているのかと調べて見ました。

これがオリジナルです。
たしかこの時は神立との競り合いがあって、その後の踊り交歓の時でした。

観客が笑顔で見ていたのは、確かこの場面でした。
踊りの曲名は忘れましたが、青年長を中心にたくさんの子供達が嬉々として踊っています。

対する我が町内の踊り披露です。

いつも嬉々として踊りを披露する神立区に触発され、踊りを競い合うことを楽しみに毎年新曲を練習します。

とかく競り合いばかりがクローズアップされますが、嬉々として踊る姿を見るとそれぞれが趣向を凝らした踊りが、祭りの大きな楽しみになっているのを感じます。

【参考】

千社札(交換札)を楽しもう
貼り札にはさまざま制約がありマナーを守らなければ鳩の糞のように迷惑な物ですが、名刺代わりに交換する交換札は自由に楽しむことが出来ます。
作り方やフリーデータなど紹介。

交換札納札所
貴方の交換札を紹介して下さい。

富士宮まつりの踊り
富士宮まつりに踊りが取り入れられたのは、昭和初期頃からのようです。

平成最後の祭りと昭和最後の祭り

平成時代は来年4月までなので、来年の富士宮まつりは新しい元号初年の祭りとなります。だから今年平成30年の祭りが平成最後の祭りとなる訳ですが、ご在位30年を祝っての節目の祭りになるようです。

振り返って昭和63年昭和最後の祭りはどうだったかと言うと、天皇陛下のご病状が悪化し秋まつり委員会で曳き回しを全区が行わないことが決められました。
一部休止に反対する意見もありましたが、大勢に押し切られた形でした。

昭和54年の祭りは暴力団とテキ屋の抗争がエスカレートして露天商の出店自粛で寂しい祭りとなりました。昭和63年は露店は出たけれど、曳き回しが一切行われないという違った寂しさを味わいました。

神立区の太鼓新調入魂式の記念写真です。
本来なら11月3日は祭り初日で全員が揃いの祭り衣裳なのですが、曳き回しが中止された為に囃子方以外は私服です。

福地区は前年62年の大祭りに山車を新造したけれど、共同催事が雨で中止となりました。城山区は松山区より譲り受けた屋台を修繕したところでしたので、どちらもさぞかし中止は残念だったでしょう。

平成となり30年経って、この間に大中里、二の宮、阿幸地が新たに祭りを実施するようになりました。
常磐、大中里、羽衣、大和、神立、木の花が山車を新造。
高嶺が御殿屋台を新造。
瑞穂、神田、浅間、咲花、宮本が山車を改修、琴平が屋台を山車に改造。
富士宮囃子は富士宮市指定から静岡県指定無形民俗文化財に昇格しました。

昭和最後の祭りとは意味合いも違いますので、平成30年のご在位30年を心置きなく祝いたいと思います。

参考

祭りと露店 露店が出なかったけれど曳き回しは行われた祭りでした。