富士山頂上のお祭り1 竣功奉告祭

」の字が表すのは神卓の上に肉を捧げ持つ形で、供物を捧げ祈る神事を意味しており、まつりの根本は祈りであることを示します。

浅間大社では富士山頂に二つの神社を置き、登山者を迎えています。

富士宮口頂上浅間大社奥宮

吉田口頂上久須志神社

※どちらも神社前の表記は浅間大社奥宮なので、頂上で待ち合わせする際には間違わぬよう確認が必要です。

平成28年7月27日に、富士宮口頂上にある富士山本宮浅間大社奥宮の竣功奉告祭がありました。

平成23年の東日本大震災、続けて起こった富士山中腹を震源とする地震で奥宮は石積みの歪み、柱の傾きや接合部の離脱が著しいものとなり、使用もままならぬ状況となりました。そのため、明治より100余年を経て、本殿以下全ての社殿を解体し御造営することになりました。

正面から見た奥宮比較 上が平成28年 下が平成20年
駒ヶ岳から見た奥宮 上が平成28年下が20年
朝日岳から見た奥宮 上が平成28年下が平成20年
白木が眩いご神前

國鎮、無上嶽と描かれた扉は、新たな材で周囲を囲みました。

参列者が到着する

浅間大社役員が到着し、いよいよ竣功奉告祭が始まります。

竣功奉告祭が始まり、修祓
宮司祭詞を奏上
参列者は浅間大社役員と山室関係者
平成20年の神前 浅間大社青年会の囃子奉納登山

比較用に8年前の写真を紹介します。用材が新しくなり、神殿扉が周囲を新しい材で囲まれています。天井が高くなりました。

能楽が奉納されました
直会
浅間大社役員と職員、下山を前に記念撮影

明治以来百余年を経て、本殿以下全ての社殿を解体しての大造営でした。
この先あったにしても、どれだけ先になるか見当もつきません。
関係各位のご努力と、浄財を寄せられた皆様のご協力あっての大事業です。

無事に竣功された事を、心よりお祝い申し上げます。

千社札(交換札)を楽しもう

千社札を作ろう(でじたる工房)

できれば正規の規格で木版で作りたいものですが、専門家にお願いするのは敷居が高いもの。

真似事で神社仏閣に貼るのは禁物、守らねばならないルールがたくさんあります。

だから貼らない札、名刺代わりに交換する札を作る事をお勧めします。
自分で書いた字を彫るも良し、自分で全部書くも良し、字も絵もダメなら既成の絵やフォントで作る事も出来ます。貼り札と違って、色も使えますし色々と趣向を凝らす事もできます。
神社仏閣に貼るのは御法度ですが、自分の持ち物に貼るのならシールにだって作れます。

シール用紙

ネットの友達と交換

文字デザインの方から

招き猫絵師布施さん

画像編集ソフトで

PCを使うなら市販のフォントで籠文字、寄席文字などもありますのでこだわる事も出来ますし、名刺交換替わりに使うなら札の形式はいっさいとらわれなくても良いわけです。

フリー素材

祭にっぽんの画像は無断でダウンロードや使用は許可しておりませんが、この素材に限りダウンロードを許可します。
次項に作り方を大雑把に説明しておきましたので、お試し下さい。

 

お好きな画像上で右クリックし、名前を付けて画像を保存して下さい。

フリー素材の使い方

  • まず上のフリー素材からお好きな図柄を選びます。
    お好きな画像上で右クリックし、名前を付けて画像を保存して下さい。
  • 画像編集ソフトで文字を入れます。(この例ではPhotoshopを使用しています。)
    フォントはあれば篭文字とか千社文字あたりが良いかと思います。

この場合は江戸文字勘亭流を使用しています。

  • 入れた文字を際だたせるために「境界線」で縁取りを指定します。
    縁取りの色やサイズを指定します。

  • 並べるためにデータをパターン化します。

  • パターンで塗りつぶしを指定して画像を並べます。

 

以上、大まかな紹介でした。

フォントが無い場合は手書き文字をスキャンしたらいかがでしょう。

※ソフトが無いなどデータ作成が困難な場合は、当店でじたる工房で有料にて承ります。
元々は「でじたる工房」でネット販売していたもので、フリー素材は元データを縮小したものです。

フリー素材にはない画像データが多数用意してあります。

絵入り札作成見本

地紋入り札作成見本

 

オリジナリティーを追求する方には、お誂えで札データを作成します。

お誂え千社札
札の規格で自由なデザインを楽しんでみませんか。

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西日本豪雨災害と祭り

この度の西日本豪雨により被災された皆様に心よりお見舞い申し上げ、一日も早い復旧をお祈り申し上げます。

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7月8日(日)、福岡県東峰村での「宝珠石祭」、中止のお知らせ

募金要請

大草子供神楽研究クラブ

平成最大の豪雨災害の支援情報より転記

衣装道具の復旧の為に募金をお願いします🙇

大草神楽子ども研究クラブ

我々は県央~備後にかけて伝わる豊田流の神楽を保存継承すべく旧大草小学校を中心に発会し現在は広く会員を募集し、神職が奉納していた時代の良い形をそのままに伝承しています。今年40周年の節目の年にあたります。

この度の豪雨災害で道具、衣装、音響効果関係のほとんどが浸水被害を受けました。
被害総額500万~700万円程かと思います。
使えそうな物はできるだけ応急処置を施していますが、後からあとからカビが生えたり、歪んだり、シミが浮いたり…

ですが、我々はこの災害に負けて継承の歩みを止めてはなりません。その思いで、自宅が被災した会員もいますが、浸水した稽古場である公民館を掃除して、稽古を始めています。

郷土の宝を守りたい
復興の為の心持ちは有ります
今はその為の費用が必要なのです。御協力下さる方を探しています
よろしくお願いいたします。

振り込み口座
広島中央農協 大和支店
普通預金 0132714
大草子供神楽研究クラブ


地域の伝統文化の火を灯し続けられるよう、ご協力をお願いします。

平成30年富士山富士宮口開山祭

富士宮口富士山開山祭

浅間大社でセレモニー

開山セレモニーに先駆け、お茶まつりがふれあい広場で行われました。
それまで雲に隠れていた富士山が、この頃から徐々に姿を現しました。

英国大使をお茶でもてなし、登山バスを迎えに第二鳥居に移動。
登山者を迎えてセレモニーが行われ、次に大宮小児童が歓迎の小旗を振る中を浅間大社拝殿に向かいます。

スライドショーには JavaScript が必要です。

拝殿で開山祭が行われていましたが、次の村山浅間神社に移動しました。

富士宮口富士山開山祭

村山浅間神社にて水垢離と護摩焚き

杉の巨木には真新しい注連縄が巻かれ、水垢離会場はすでに場所取りされていました。
やむなく離れた所から林越しに撮影。
護摩焚きは、良い場所に入れましたので、じっくりと撮影できました。

スライドショーには JavaScript が必要です。

富士宮口富士山開山祭

護摩焚き動画

浅間大社ふれあい広場の手筒花火

午後8時からの手筒花火を撮りに出かけると、以前と違う場所に規制のロープが張られています。消防職員に尋ねた所、昨年も同じ規制が行われていたとの事。
前回撮影は27年でしたが、それ以降規制により広場内には入れなくなったようです。
川越しに狙うカメラが登山道側に並びますが、広場西入口の規制ロープの下に陣取り開始を待ちました。

スライドショーには JavaScript が必要です。

手筒花火動画

写真と並行して撮っていた動画です。

富士宮口富士山開山祭

8月の祭り動画

8月の祭り動画で、手頃な長さのものを集めてみました。

遠音 祭りが終わる時 目次

長年暖めている物語です。
浅間大社近くの社人町と呼ばれた町内を舞台に、富士宮まつりや富士宮囃子に関わる人たちの思いを紡いでゆきます。

巻き込まれたもめ事が元で国を離れることになった男が、その後大恩ある師匠が祭りを続けるためにどれだけ苦労したかを知る。
恩返しをしようにも、師匠はすでに他界してそれもかなわない。
師匠の笛と志を後進に伝えなければ、祭りは悪しき方向に進みかねない。
師匠に返せなかった恩を、どう返そうか。
男は決心する。

 

通しで読むには少々時間が必要なので、読み方を選べるように章ごとに分けて見ました。

 

全文通し読む

遠音 祭りが終わる時

 

原稿用紙で100枚程度の物語です。
一気に読めなくもないとは思いますが、落ち着いて読む時間が無い方は区切りごとに読んでみて下さい。

遠音 10.祭りが終わる時

祭りが終わる時

もっちゃんの卒業

てっちゃんが笛を教えた後、もっちゃんに言った事がある。

「こんな状態で、何時までも続けては居られないだろう?
そろそろ思い切って突き放せ。
最初は失敗もするだろうさ。
でも失敗を経験し乗り越えれば、確実に成長する。
二年教えたら、いっさい手を出すな。
そして卒業宣言だ。」

手の要るときだけは一区民として手伝うが、準備も当日も目を配り、手を出したいところを我慢させた。

健太は新たな仕事が増えたが、囃子だけは指導者として練習に付き合った。

 

花道

祭り最後の日、引き回しを終え会所前で旧囃子方による囃子披露が、もっちゃんたちの粋な計らいで実現した。
健太から聞かされていたもっちゃんが、いつも陰で祭りを支えてくれた老人達のことを青年の会合で話したので、古手の囃子方が顔を揃える事となった。
笛はもっちゃん、中胴は改心した荒くれ、端は私で、大胴はてっちゃん、鉦は健太だ。
久しぶりとは言いながら、実は密かに練習していた。
もっちゃんの笛は祭り準備の練習にずっと付き合って吹いていたから、息がそのまま音になるという感じ。
緩急に時折入る笛玉、澄んだ音色には惚れ惚れする。
前唄からにくずし、そして屋台の一回りまで吹いたところで笛を止め、きんど二人に「続けて」と言いながら、てっちゃんに笛と代わってくれと言った。

「笛の用意がない」

と言うところに、すっと健太の笛を差し出す。
てっちゃんの師匠、親父の笛だ。
てっちゃんが、良いのか?と見ると健太が頷く。
会所前に居たおふくろを見つけ笛を掲げると、おふくろは手を叩いて「聴かせて」と叫んだ。

てっちゃんは頭を下げ、笛を唇に当てた。
左肘を左前に突き出し笛尻を心持ち上げ、屋台の地の低い音から入った。
太鼓の拍子にぴたりと合わせ笛で唄う。
そして二の玉に入り、玉の後の高音で笛玉を入れた。
弱めの音で高音に入り、終盤で一気に盛り上げそこで笛玉に切り替える。
笛玉でじわじわと下げ平常の音に戻した。
いよいよ終いかと思ったら、中胴がにくずしに回せと言う。
練習で叩き込んでいない年寄りがそのまま持ちこたえられるかと危ぶんだが、皆が行こうよとうなずいた。
切り替えてにくずしに回し、体で拍子を取ると、太鼓の三人はそれに合わせ跳ねるように叩いている。
まるで踊って居るみたいに。
このままくたばるまで囃子を続けたい衝動に駆られたが、絶頂のうちに終える事を選んだ。

しばし拍手喝采に包まれた。

万感胸に迫る。
この笛披露が人生最初で最後だ。

「良い土産が出来たな」

「ああ、あっちに行くのはまだ当分先だが、最後に良い囃子が出来た」

笛の唾を切り、手ぬぐいで歌口をそっと拭い、健太に礼を言って返した。

祭りの終わり

祭りには終わりがあり、終わりの無い祭りはない。
ハレの日は、地味な長い日常(ケ)があるからこそハレなのだ。
大きなハレの花を咲かすために、力を蓄える日常に戻らなければならない。
さて、どう締めくくる?

次のハレを支障なく迎えるために、悔いを残さない事だ。

祭りは私物では無い。

 

地域の老若男女皆の愉しみでなければならない。
後進の苦材にしてはならない。
祭りの運営を間違えたなら、人の心は祭りから離れてゆく。
次のハレを迎えるためには、キチッと祭りを閉じなければならない。
過てば、祭りは本当に終わってしまうのだ。

そうは言っても、昂揚の後まだ火照りが残るのに幕を引くのは辛い。

山車を蔵にしまうとき、声を上げて泣く青年達が堪らなく愛おしい。
どなたかが、そう言っていたのを思い出す。

思いはどこでも同じだ。

 

あの日橋の上で憤る若者を消沈させた親子が、山車をしまうのを見ていた。
5年経ち子供は小学生になっている。
ふと見れば子供の目には涙が。
自身の子供時代を思い出し胸が熱くなった父親は、涙を見せぬよう子供を肩車して歩き出した。
「なんで祭り終わっちゃうんだろう。」
同じ問いに親父は何と答えたっけ。
「また始めるために、今は終わらなきゃならないのさ。」
親父の答をそのまま口にした。

遠回りになるが、浅間大社境内を通って帰る。
露天商はバタバタと店を畳み、もうやっている店はなかった。
「じいちゃんとお祭りに来たか?」
「うん、綿菓子を買って貰った!」
「そうか、よかったな」

 

思えば、一緒に露天を見て歩く余裕は、今までは無かったな。
来年こそは、こいつと一緒に鯛焼きを買いに来よう。

十三夜の月が、もう高く昇っていた。

 

 

 

 


解説

もっちゃんへのメッセージは
「もう充分すぎるほどやってきただろう?
そろそろ後進を育てるために、鬼になって突き放せよ。」
年寄りは遅かれ早かれ抜けてゆく。
将来を担う若い者の自覚を育てるためには、荒療治が必要なんだ。

祭りの最後に、晴れの舞台を踏めずに終わった笛吹きたちに感謝を込めて場が設けられた。年寄りで気持ちよく囃しているところにいきなり師匠の笛を渡され、てっちゃんは戸惑いながらも人前で最初で最後の笛を吹いた。

悔い無く祭りを終える事はなかなか出来ないけれど、それが次の祭りへの力になる。
てっちゃんは長いことひきずって居た悔いを、若い仲間の理解でようやく解消出来た。

今年も祭りが終わる。
この祭りが続いている限り、親の思いは子に引き継がれる。
子供に幼い頃の自分を見たら、嬉しくて胸が熱くなるものさ。

 

 

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遠音 9.閉店

閉店

祭りの魔法

健太と加奈子が結婚するという。願っていた事なので異論は無いが、こいつらいつの間に……。どうやら冷やかされるのが嫌で、年寄りどもには隠して付き合っていたらしい。

あの時の映画の券も、実は店のお客さんに上げて、二人は朝から遊園地で遊んできたという。

もう四年か。加奈子ももうすぐ三十路、婚期を逃すと自分たちみたいに子供だって出来にくくなるかも知れぬ。奈津子が死んだときに、一度は閉めようと思った店だ。思い直して続けてこれたのも香奈子と出会ったから。でも店を若い二人の重荷にはしたくない。閉めるには、丁度良い頃合いだろう。

加奈子に一つだけ聞いた。

「祭りの魔法って知ってるかい?」

祭りというハレの日には、子供は目を輝かせ、男は何倍もかっこよく、女は何倍も美しく見え、それにだまされる事がけっこうある。

「知っているけど、四年も見ていれば情けないところもたくさん見てますから大丈夫ですよ」

遺す言葉

店を閉めてからも定例会は続き、健太と加奈子も時々顔を見せていたが、子供が生まれてから加奈子はぱったりと来なくなった。

久しぶりに参加したてっちゃんが訊いた。

「俺の場合はあの騒動でやむなく東京に出たんだが、皆はどうやって祭りから抜けたんだ?」

「俺はあの騒動で追放されなかった側だけど、祭りに対する反発が強くて実質祭りが出来なくなり、親父が子供に囃子を教えるのを手伝ってた。子供達が若い衆になっても、自立するまでは陰で手伝ってたな」

仲間の一人が亡くなり、自分でも余命を考えるようになり、そいつが言っていた事を思い出す。

「何役も背負い込み、俺が抜けたら大きな穴があいたようで祭りが出来ないだろうと思っていた。ところがそんな穴は代わりに誰かが塞ぎ、何事も無かったかのように祭りは行われて行くんじゃないかと不安になった。
お前の仕事なんかたいしたことじゃ無いと言うようにな。そう思うと抜けられなかった。でもそれでは後進も育たない。毎年少しずつ仕事を減らし、気がついたら居なくなっていたと言うように、少しずつ距離を置き知らぬ間に抜けようと思ったんだ。」

実務を退いた年寄りだ。影響は少なかろうと思ったのだが、何時でも相談出来た人が居なくなると、居なくなった年の祭りは意外と大変だったようだ。

そうそう、改心した悪たれも参加するようになっていたんだ。
「追放された事で祭との関わりは切れたのだが、このままでは大きな借りが残ると思い立ち、かつて張り合った相手を訪ね歩いた。歳月は人を丸くするものだな。相手も快く和解に応じてくれた。昔話に興じ、何で揉めたかを思い出せばほんとうに些細な事。
でも代償が大きかった。尻ぬぐいは誰がしたかと言えば、当時の役員や年寄りだ。
申し訳ないとは思うけれど、なにか償ったかと問われれば償えていない。
償うべき人は亡くなってしまったので。
でも、親の恩も同じ事で、返す前に親が亡くなるんだ。
大きな借りを返さぬまま自分が逝っちゃったら、食い逃げと一緒だぜ。
親の恩は子で返すと言うように、今の若いもん達に力添えや尻ぬぐいしてやる事で返しちゃどうだ。
人には得手不得手がある。
もめ事を起こしたものは、揉める気持ちも判る。
長年の経験は身についたものだから、得意な事で禍根を残さぬよう出来る事もあるのかな。
昔それぞれの町内の祭で突っ張っていた連中で、情報を共有する事にした。
祭りの後で情報を交換し、記録してゆく。」

言っておけば良かったと悔やんでいる事を挙げて貰った。

若い者に伝えたい事はこんな事。
・私怨を祭に持ち込むな。
・小さな事を咎めるな。
・粋がって突っ張るな。
・祭りは皆の物、私物化は許されない。
後で思えば、それがどれだけかっこわるいかは、身を以て体験している。

・ずっと先まで祭りを続けられるよう、後継者をうまく育てろ。
・そのために、祭りは愉しみでなければならない。
・そのために、囃子方は憧れでなければならない。


解説

年寄り達が見守っていた二人、加奈子と健太が結婚することになる。
期待していた事とは言え、マスターには心配がある。
祭りというハレの日には子供達はキラキラと目を輝かせ、男も女も不断の何倍も輝きヒーローやヒロインになる。こうして祭りで知り合ったカップルが数年後に破局するのをいくつも見てきたからだ。
祭りにはみすぼらしい娘を高貴なお姫様に見せる魔法の力がある。でも魔法はやがて解けるもの。
それが何より心配だったが、加奈子の返事に安心させられた。
出会いは祭りでは無い。年中見ていれば、お互いに情けない部分もさらけ出しているから、いまさら幻滅する事もない。
元々家内が死んだときに閉めようと思った店だが、加奈子と出会った事でここまで続けてこれた。子供も出来るだろうし、育児に専念して欲しい。
だから、これを機会に芙蓉亭は閉める事になる。
でも店舗はそのまま手をつけずへんぽらい仲間の基地にして、後進に遺すメッセージを紡いでいる。

 

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遠音 8.「へんぽらい」

「へんぽらい」

祭りも終わり落ち着いた頃、かみさんに先立たれた私を気遣って、常連や同級生などが定期的に集う事になった。店の休みの日に、それぞれ飲み物やつまみを持ち寄って昔話に花を咲かせるのだ。

始まりは、下戸のたかちゃんがこうちゃんに声をかけた事。

「貰ったのがどうやら良い酒みたいなんだが、家に置いとくと煮物に使われちまう。声かけて集まり、皆で一杯やらないか。」

それでうちの休みの日に、店に集まる事になった。最初は思い出話、子供時代のいたずらや冒険、

まあちゃんは言う。
「東海道を外れているので新聞社の支局がなく、富士宮市がニュースになりにくい。そんな事もあって、全国的にはまだまだ祭りが知られていない。だから個人で、発信して行く。祭りの記録記憶の収集調査サイト、ブログ、SNSで発信して行く。」

話が盛り上がると遅くなる事が多い。気の利かない男どもにこうちゃんのかみさんが言った。

「あんたらが長居をしたら、香代ちゃんが迷惑するだろ。ちょっとは考えな。」

確かに店奥の小部屋が香代の部屋だ。早い時間には手伝ってくれるけれど、飲み物を控えるのはそんな訳もあったのか。

「だれか空いてる部屋無いか?」

冗談めいて誰かが言う。

「あり得ない事だけど、こいつが間違い起こすかも知れないし。」

「それは無い!」

皆で否定。

よく判ってる。

少し古いが、奈津子の実家を修繕してそちらに移って貰った。

香代の代わりに健太が顔を出すようになる。最初は嫌々だったが、だんだん興味を示し、自分でも記録を付けるようになった。

時々香代が顔を出すが、年寄りの話が面白いと言って健太の隣で笑いながら聞いている。

遅くなるときには健太に送らせるのだが、すぐに帰ってきてしまうのがちょっと気に入らない。

たけちゃんが気を利かせて香代に映画の只券を持ってきた。

「期限が近いから、来週の休みにでも誰か誘って行ってきたら。」

次週には期待して皆が集まるも、健太は声がかからなかったものか、年寄りの昔話を聞いている。

「香代ちゃんにも、好みはあるか。」

一同ちょっとがっかり。

 

鉾立石損壊

かなり昔の事だが、町内に住む神主さんが区長に怒鳴り込んだ話を聞いた。

「鉾立石が割れたのはお宅の青年が持ち上げて落としたからだ。これを元に戻せ。」

昔からの町内の青年の柄の悪さは、身を以て経験している。
区長は若い時笛吹きだったけれど、笛を無視してのやりたい放題に、何度堪忍袋の緒が切れた事か。代は変わってもうちの悪たれどもなら確かにやりそうな事だ、とは言え決めつけての無理難題を突きつけられるにはへんぽらいの血が騒ぎ、黙っては居られなかった。

「割れたのを元に戻す事は無理ってもの。出来るなら貴方がやって下さい。」

と言って火に油を注ぎ、神主さんに激昂された。
結局、割れた鉾立石は鉄棒を芯に通してセメントで張り合わされた。

「へんぽらいだねぇ、だけど我々だって相当な変わり者だぜ。」

「それぞれが富士宮の事や富士宮の祭りの事を発信するときには、へんぽらいを名乗るってのはどうだ?」

全員の賛同を得て、決定。

写真のデータ化と整理保存は弟に頼んだ。

サイト掲載は、富士宮市でインターネットの草分けと言われるまあちゃん

ブログは一つのアカウントを使い、持ち回りで書く。

フェイスブック、ツイッターなどもだ。

まあちゃんは祭り紹介サイトを立ち上げて富士宮の祭りを、目立つページで大きく紹介。

 

 

祭りの歴史調べ

写真があっても何も書いてない場合には判断がつかない。何の写真なのか、どのような状況で撮られたのか。

十字街を、宮参りの一行が曲がって行くところが撮られていた。二三見知った顔はあるものの、精確な撮影年は判らない。よく見たら画面内の映画看板に昭和三十二年文部省推薦映画と書いてある。この年の祭りの事が、翌年に分離独立した二の宮区の区誌に書かれていた。当番区の一つとして盛大に行った祭りだったそうだ。昭和十七年に市制施行し、それから十五年目の大祭りなので当番町の宮参りの隊列がわざわざ十字街を通ったと言う事らしい。隊列の中に数名の芸者衆が三味線で参加している。

この様に新聞記事や区誌、写真などから関連事項を拾い出すのは、幸い町内にある図書館に資料があって都合が良かった。
改めて我が区誌を読むと、その編集の大変さを実感する。まめに聞き歩かなければ出来ない仕事だ。編集委員長の元新聞記者としての経験が結実したもの。この記録を基にして、孫子の代に、もっと完成度の高い区誌を作って欲しいという編集委員長の言葉が重い。

「神社に記録があるんじゃない?」

確かにそう思う。
神社に問い合わせると、神事に関する記録はあるものの、氏子町内が行う”つけ祭り”に関するものは残っていないとの事。
一方町方の記録では、江戸時代の造り酒屋主人の日記「袖日記」に「ダシ」とか「家臺」などの記述が残っていて、それがどうやら一番古いものらしい。

各町内ごとの伝承を拾うには、それぞれの町内に伝手を作る事。新たに得られた資料や伝承をを発信する事で、祭りの歴史に対する興味を高め、また新しい事実を発掘する。新たな提供者があれば、定例会に来て貰い詳しく話を聞く。

外聞をはばかるような話もあってそれは記録には載せられないけれど、しっかり保存はしてある。

たとえば、鉾立石を割った犯人は他の町内の青年だったと判明したけれど、濡れ衣だった事は書いても、やった町名は表に出さないと言った具合。

もっちゃんみたいに、なんでも背負い込んでしまっていた奴はこう言った。

「準備に落ちが無いようにと、全部目を配ってやっていたつもりだったけど、役を降りフリーになって祭りをみたら、あちこち足りない事ばかりだった。祭りの事は全部判っているつもりだったけれど、いつも山車と一緒なら、会所でどんな苦労があるのかまでは判らない。それを黙ってカバーしてくれていたのが、ある先輩だった。手の足りないところを見つけると、それとなく補助にまわり。経験者ゆえの見事な手際で、うまく裁いてくれている。先輩風を吹かす事もなくね。
それが判ってからは、今度はその役回りを心がけているよ。」

 

「まあちゃんがホームページ始めたのは、かなり早かったんじゃ無いか?」

「ああ、当時富士宮市で検索しても、三つしか見つからなかったから、早いほうだろうね。」

熱心に囃子を覚え将来祭りを背負ってくれると思っていた子供達が、就学で地元を離れ就職で異郷に根付いてしまう。それが何より残念で、少しでも里心を起こす事が出来たらと始めた事だった。

「話を記録したのはいつ頃からだい?」

酔っ払いの思い出話や武勇伝は、面白可笑しく脚色されて、聞く度に内容が違う。それらをその都度書き留めて、本筋を探ろうと思ったから。

女子囃子方山車に乗る

まあちゃんもかなり苦労したようだ。
やめたいと思った事は何度もあり、犠牲的精神でなんとか続けては居るけれど、楽しくなければ続けられない。押しつけられ、やらされている祭りと感じたら早晩行き詰まる。青年長を下りたら、全て手を引こうと思っていたほどだったが、思いとどまったのは祭りの着物を着せて貰った小さな女の子が本当に嬉しそうに踊りの所作を真似て見せたときだった。
祭りは本来楽しいもの。子供達の楽しそうな顔を見れば、それがわかる。この笑顔のためなら頑張れる。
でも現役青年は底をつき、募集に町内を廻れば居留守を使われる有様。あの頃はどん詰まりだったね。だから勝負したんだ山車に女子を乗せたのも、もめるのを覚悟でやったこと。
昔からの祭りを知る大老に許可を得た時、念を押された。

「本当にやるのか?」

「はい」

大老も不本意ではあるけれど、決意を見て取ったのだろう。了承してくれた。そして決行。直来を終えお開きとなり、無事にこのまま終わるかと思われた祭りだが、最後の最後で梃子棒が振り回される結果に。

他所の町内に馬鹿にされたのが悔しいと涙を流して訴える後見に大老は、

「それなら言った奴を連れてこい。
女を乗せて悪い訳は無い。
俺がそいつを説き伏せる」

その時俺が思ったのは、地元の祭りを馬鹿にされたからというのは違うだろうと言う事。本当に地元の祭りを大事にしてきたのなら、青年の募集に歩けば全て断られたり、踊りで参加する女子が出なくなるような事も無かっただろうさ。
これは、祭りの楽しみを取り戻し、祭りを消滅させないための大きな賭けだったんだ。

翌年から、女子が山車に乗る事に反対は無くなった。

 


解説

祭りの記憶は語り伝えられても、写真以外はなかなか物として残らない。
面白可笑しく脚色された武勇伝は尾ひれがついて大きくなりがちだ。
区誌などに祭りの記録は多少残っていても、大まかすぎる。
断片的なピースを持ち寄って本筋を探る作業は、案外楽しい物だった。

ある者が不満を述べる。
「わが町は何でニュースに載りにくいんだ?」
新聞社の支局が街道筋にはあるが、富士宮には無いからだとの話を聞いた。
”インターネットは貧者の放送局”という言葉にいたく感動し、私費を投じて郷土を発信することを始めたまあちゃんは、「人から見たら”へんぽらい(変わり者)”だ」と笑う。
ブログや動画それにSNSで繰り返し発信していると、負けじといくつかの町内が自町内の祭りを発信するようにもなってきた。

嬉々として祭りを楽しむ者が、祭り好きな子供を育てる。
同じようにへんぽらいの蒔いた種が、少しずつだが広がり育っている。

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遠音 7.祭り

祭り

祭り準備が進む。
けん坊が率先してもっちゃんの仕事を手伝い、若い者も引っ張られて分担するようになり、もっちゃんは久しぶりに体調を損ねる事もなく準備を完了した。

そして祭りが来た。

山車は会所に置き、先ずは浅間大社に参集し宮参りが行われる。会所から浅間大社まで、青年が囃子太鼓を担ぎ、子供らが囃しながら進む。山車を下りて歩きながら囃す囃しが「道囃子」と総称され、「籠丸」や「通り囃子」などが囃される。

浅間大社に実施全区が参集し式典が行われ、奉納囃子が一斉に囃された後、御幣を受領して。会所に戻る。

囃子が始まる。
するすると引き綱が伸ばされ、音を立てて山車が動き出す。

てっちゃんは山車については歩かぬが、少し離れたところで音を追って聴いていた。けん坊の笛はまだ荒い。若さゆえの力任せだ。もっちゃんの笛は緩急と締まりを意識している。あとは笛玉か。

そして中日。笛玉を聴いたような気がした。慌てて山車に駆けつけると二人一緒に笛を吹いていた。

「二丁笛か」

ちょっと似ては聞こえるが、笛玉は「断続」で二丁笛は「うなり」だ。それでもけん坊の初日の力任せの笛は少し力も抜けて今日は良い感じに吹けている。てっちゃんの姿をけん坊が見つけ、笛を吹きながら会釈した。てっちゃんは笛を吹く仕草で、左肘を張れ、笛尻は下げるなと伝えると、手を振ってどこかへ去った。

左肘は張れ、笛じりはさげるな。それは遠音を利かすための師匠の教えだった。

白尾山から

息をきらせ、てっちゃんが白尾山グラウンド脇の四阿(あずまや)にやって来た。

「おお、てっちゃん。どうしたんだ?息を切らして。」

「なに、ここまで囃子が聞こえるかと思ってな。香代ちゃんも一緒かい。年寄りのお守りご苦労さん。」

「何が年寄りだ」

自分じゃ言うが、人からは言われたくない。

「聞こえるさ。聞いた話では、囃子の音は山向こうの柚野まで聞こえるそうだぞ。」

「で、聞こえたかい?」

「俺も来たばかりだし、近場の雑音がちょっとばかし邪魔だな。時々は聞こえるんだが。」

私がここに来たのは、かみさんの希望を叶えるためだ。事故ゆえ遺言らしいものも残ってはいなかったが、共にラブレターを綴ったノートにはこう書いてあった。

「私が先に死んだなら、
見晴らしの良い丘の上から、町に向かって吹く風に私を放って。
この空を自由に飛びたいから」

かみさんは何年か前、小さなノートを二冊買ってきた。

「これにはラブレターを書くの。今の気持ちが変わらなければそのままでいい。何か変わったら、後に続けて書くの。いつかお別れがきたときに、もう話せなくなった思いをノートに託して。残った者がそれを読んで、亡骸と一緒に燃やすの。二冊ともだよ。
思いを込めて送ったらきっぱりと切り替えて新しい人生を送る。
そのために燃やすんだから」

棺に入れた二冊のノート。一冊は私が書いた感謝の言葉だ。かみさんの言葉は取っておきたかったけれど、燃やすのが約束だ。何度も何度も繰り返し読んでその言葉、その字形まで記憶し、燃やした。

死期を予感していたのか新しいインクの跡だった。

「私が先に死んだなら、出来ることなら灰も残らぬように燃やして欲しい。
でも無理だったら、どこまでも風に乗って飛んでいけるよう細かな細かな灰にして。
お墓には入れず、土に撒いて。
私を思い出す人が来る限り私はそこで応えたい。
花壇の土に撒いて好きだった花の苗を植えて。
私は好きだった花に生まれ変わるから。
川面に放って。
川を下り海に出て海流に乗り世界をめぐる。
残った灰を町の見える丘の上から風に放って。
ふるさとの空を飛びたいから。
私を知る人がいなくなれば、それが私の消える時。
実体がなくなっても、思い出す人が居る限り私はまだそこに居る。

あなたが思う時、私は必ず側に居るよ。」

 

てっちゃんは師匠である親父の言葉を思い出し、笛の音を聞きに来た。
遠くで聴く祭り囃子は郷愁をつのらせるもの。
胸に響くそんな笛が一つでも聞ければこの祭りもまんざら捨てたものじゃない。
多少なりとも師匠の笛を伝える事ができたなら一つの区切りにしたかったのだろう。
囃子の音も聞こえるが、多くの山車が曳き回されるので混じり合い、車の音や工場の音に紛れては笛の音を聞き取るまでは出来ない。

「だめかな。」

てっちゃんが少し気落ちした時、声をかけた。

「てっちゃん、見届けてくれ。」

ポケットから小瓶を取り出し、

「良い風が吹いてきた。」

そう言って、遺灰の小瓶を持ち上げ下に差し出した左手にこぼすと、掌に届く事無く風が全てを持ち去った。
暮れかかる空に舞い上がった遺灰は、風に乗り街の上空に消えた。
遠くまで届くようにと遺骨を砕き小さく小さく擂りつぶした。
風に舞い上がった遺灰はやがて落ち故郷の土になる。
雨に流されれば川を下りやがて大海を旅する。それも良い。
やがて風向きが変わり、祭りの喧噪が大きくここまで届いた。
あいつが運んでくれたのかな。

遠く聴く祭り囃子

祭りの最終日、てっちゃんはまた白尾山にいた。
祭りの最終日の夕刻には、祭り実施区は御幣を浅間大社に返納する。
その帰りに祭典本部で囃子を披露するのがうちの町内の恒例行事だと聞いたからだ。
昨日中日の喧噪では囃子を聞き取るのは無理ってもの。
ほとんどの引き回しが終えたこの夕刻、祭りの終わりを惜しんで町内一つずつが交代で囃すというその囃子を聴くためだ。両手で両耳を囲い、耳を澄ました。

「ちがうな。」

なかなか熟練し小洒落たこの囃子は、残念ながら他所の町内だ。
次に登場したのが、この祭りで聞き慣れたうちの町内だ。祭りの間ずっと囃し続けて、終わる頃が一番完成されたものになる。笛も祭り期間ずっと吹き通すと、息がそのまま歌になると言う境地。最後の最後が最高の囃子になると言うのも、なんだか皮肉なものだ。

笛が伸びやかだ。
高音も一本調子では無く、弱めに入ったものが終盤では最強となり音がすぱっと切られる。
強弱、緩急、メリハリが効いた良い笛だと思っていると、いつもは力任せのおおどが笛に引きずられ笛の聴かせどころでは抑えて叩いている。
笛も気持ちよく吹けているらしく、余力が無ければなかなか入らない笛玉を入れた。
にくずしの一回りを通常の笛で吹き、一回りを玉入れで吹き、屋台も二の玉以降を玉入れで吹いた。
よほど心地よかったものか、通常なら終わるところをにくずしに戻したのは、この囃子を終わりがたかったのだろう。

自分にも憶えがある。笛を教わる以前はおおどをやっていた。
囃子の顔ぶれはいつも変わらなかったが、息がぴたりと合い一つになったあの日の囃子は忘れられない。

「おまえら、最高じゃ無いか。」

てっちゃんはそう言うと満足そうに笑みを浮かべた。自分では全う出来なかった囃子だが、師匠の笛を後進に繋げる事が何とか出来たようだ。

師匠が言っていた言葉を思い出す。

「遠くで聴く祭り囃子が最高なんだ。」

聴く者の胸に郷愁を募らせ、思わず涙させる事が来たなら、囃子方としてもう思い残す事は無い。

帰京

てっちゃんが、晴れ晴れとした顔で店にやって来た。

「明日、向こうに帰る」

「片付いたみたいだな」

「ああ」

祭りはそれ自体が生き物で、どう育って行くかは判らない。取り敢えず悪い影響を与える芽を摘んで、途切れた伝承を繋ぎ直した。
人の良いリーダーに甘えっぱなしの若者達には、働かざる者喰うべからずを教え、リーダーと期待する笛吹きの二人には、嬉々として仕事を楽しんで見せるよう教えた。

当面の不安は払拭出来た。

「てっちゃん、悪いが頼まれちゃあくれないか」

「なんだい?」

「幸子さんに土産を用意するので、お願いしたい」

「判った。出るのは午後だから、昼過ぎに寄るよ」

翌日立ち寄ると思ったより荷物が大きい。

「悪いな、生ものと菓子なんでちょっと大きくなっちまった。」

「判った。それから、借りてた家は今月中に再訪して引き払うから、その時幸子も連れてくるよ。」

久しぶりの我が家だ。

「大きな荷物だね、引っ越し荷物かい?」

「いや、もらったお土産だ。生ものだって言ってたが、中は知らん。」

「お風呂湧いてるから汗を流して。」

そう言って荷物を広げ始めた。

風呂に入っているとき、歓声や鼻歌などなんだか賑やかだった。

「晩ご飯出来てるよ。」

風呂から出ると、懐かしい薫りがした。

それにしてもなんでこの匂いが……。

「驚いた?

奈津子さんに習ったんだよ。」

なっちゃんには、一度幸子の買い物の案内を頼んだ事がある。

それだけだと思ったら、二人は意気投合して何度か会っていたらしい。富士宮っ子のソウルフード焼きそばは、慣れ親しんだ店の味が一番だ。奈津子の母から受け継がれた匂いと味が、今ここに有る。

そんなに親しいと知っていたら葬儀に同行したものだが、知らなかったとは言え残念だ。

「実は・・・」

重い口を開き、奈津子の死を告げる。

「嘘でしょ、それならこの手紙は?」

女文字で書かれた手紙は紛れもなく奈津子のもの。生前に幸子宛に書かれたものだ。

「一度とんぼ返りで喪服を取りに来た事があっただろ。あの時がそうだったんだ。」

土産の和菓子に、一通の手紙が挟んであった。

経緯を伝えるために私が書いたものだ。

「悲しいお知らせをしなければなりません。奈津子の事です。
自転車で買い物の途中、飛び出した子犬を避けようとして転倒し、頭を打って亡くなりました。
急な事で信じられず、葬儀を終えても何も手に着かず、思い出の場所をさまよい歩きました。
今では落ち着き、店は何とか再開したけれど、吹っ切れたのは奈津子の希望通りに最後の遺灰を風に放ったときです。
幸子さんへの書きかけの手紙を見つけたので、てっちゃんに託します。
店で家内と幸子さんの二人が、焼きそばの練習を繰り返していたのを思い出し、材料を揃えました。
てっちゃんに作って上げて下さい。

アパートの片付けには一緒に来られると聞きました。
富士宮はようやく富士山の雪も定着したので、お見えになる月末には澄んだ空にきれいな雪化粧が見られるでしょう」

ほどなく、てっちゃんと幸子さんが入籍したとの報せが届いた。


解説

「遠くで聞こえる笛の音は実にすばらしいのです。」
湧玉会で長年笛を吹き、多くの町内に笛吹きを育てた有賀敏治氏は「富士宮囃子の笛今昔」でそう書かれています。
てっちゃんが言いたかったのはまさにそれでした。
囃子を率いる笛吹きは緩みを見せずに姿勢を決め、遠音を効かすために笛尻は下げるなと伝え、その音を確かめるために白尾山に向かったのでした。

マスターは亡き奥さんの希望を叶えるために、やはり白尾山に来ていました。
マスターは遺灰を風に放ち区切りをつけましたが、てっちゃんは悪条件で確認出来ません。最終日夕刻に出直し、耳に手を当てて祭典本部での囃子披露を聴いていました。

その耳に届いた我が町内の囃子は、これ以上無い最高の囃子だったのです。
てっちゃんは、ようやく長い事引きずっていた祭りを終える事が出来ました。

 

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