遠音 9.閉店

閉店

祭りの魔法

健太と加奈子が結婚するという。願っていた事なので異論は無いが、こいつらいつの間に……。どうやら冷やかされるのが嫌で、年寄りどもには隠して付き合っていたらしい。

あの時の映画の券も、実は店のお客さんに上げて、二人は朝から遊園地で遊んできたという。

もう四年か。加奈子ももうすぐ三十路、婚期を逃すと自分たちみたいに子供だって出来にくくなるかも知れぬ。奈津子が死んだときに、一度は閉めようと思った店だ。思い直して続けてこれたのも香奈子と出会ったから。でも店を若い二人の重荷にはしたくない。閉めるには、丁度良い頃合いだろう。

加奈子に一つだけ聞いた。

「祭りの魔法って知ってるかい?」

祭りというハレの日には、子供は目を輝かせ、男は何倍もかっこよく、女は何倍も美しく見え、それにだまされる事がけっこうある。

「知っているけど、四年も見ていれば情けないところもたくさん見てますから大丈夫ですよ」

遺す言葉

店を閉めてからも定例会は続き、健太と加奈子も時々顔を見せていたが、子供が生まれてから加奈子はぱったりと来なくなった。

久しぶりに参加したてっちゃんが訊いた。

「俺の場合はあの騒動でやむなく東京に出たんだが、皆はどうやって祭りから抜けたんだ?」

「俺はあの騒動で追放されなかった側だけど、祭りに対する反発が強くて実質祭りが出来なくなり、親父が子供に囃子を教えるのを手伝ってた。子供達が若い衆になっても、自立するまでは陰で手伝ってたな」

仲間の一人が亡くなり、自分でも余命を考えるようになり、そいつが言っていた事を思い出す。

「何役も背負い込み、俺が抜けたら大きな穴があいたようで祭りが出来ないだろうと思っていた。ところがそんな穴は代わりに誰かが塞ぎ、何事も無かったかのように祭りは行われて行くんじゃないかと不安になった。
お前の仕事なんかたいしたことじゃ無いと言うようにな。そう思うと抜けられなかった。でもそれでは後進も育たない。毎年少しずつ仕事を減らし、気がついたら居なくなっていたと言うように、少しずつ距離を置き知らぬ間に抜けようと思ったんだ。」

実務を退いた年寄りだ。影響は少なかろうと思ったのだが、何時でも相談出来た人が居なくなると、居なくなった年の祭りは意外と大変だったようだ。

そうそう、改心した悪たれも参加するようになっていたんだ。
「追放された事で祭との関わりは切れたのだが、このままでは大きな借りが残ると思い立ち、かつて張り合った相手を訪ね歩いた。歳月は人を丸くするものだな。相手も快く和解に応じてくれた。昔話に興じ、何で揉めたかを思い出せばほんとうに些細な事。
でも代償が大きかった。尻ぬぐいは誰がしたかと言えば、当時の役員や年寄りだ。
申し訳ないとは思うけれど、なにか償ったかと問われれば償えていない。
償うべき人は亡くなってしまったので。
でも、親の恩も同じ事で、返す前に親が亡くなるんだ。
大きな借りを返さぬまま自分が逝っちゃったら、食い逃げと一緒だぜ。
親の恩は子で返すと言うように、今の若いもん達に力添えや尻ぬぐいしてやる事で返しちゃどうだ。
人には得手不得手がある。
もめ事を起こしたものは、揉める気持ちも判る。
長年の経験は身についたものだから、得意な事で禍根を残さぬよう出来る事もあるのかな。
昔それぞれの町内の祭で突っ張っていた連中で、情報を共有する事にした。
祭りの後で情報を交換し、記録してゆく。」

言っておけば良かったと悔やんでいる事を挙げて貰った。

若い者に伝えたい事はこんな事。
・私怨を祭に持ち込むな。
・小さな事を咎めるな。
・粋がって突っ張るな。
・祭りは皆の物、私物化は許されない。
後で思えば、それがどれだけかっこわるいかは、身を以て体験している。

・ずっと先まで祭りを続けられるよう、後継者をうまく育てろ。
・そのために、祭りは愉しみでなければならない。
・そのために、囃子方は憧れでなければならない。


解説

年寄り達が見守っていた二人、加奈子と健太が結婚することになる。
期待していた事とは言え、マスターには心配がある。
祭りというハレの日には子供達はキラキラと目を輝かせ、男も女も不断の何倍も輝きヒーローやヒロインになる。こうして祭りで知り合ったカップルが数年後に破局するのをいくつも見てきたからだ。
祭りにはみすぼらしい娘を高貴なお姫様に見せる魔法の力がある。でも魔法はやがて解けるもの。
それが何より心配だったが、加奈子の返事に安心させられた。
出会いは祭りでは無い。年中見ていれば、お互いに情けない部分もさらけ出しているから、いまさら幻滅する事もない。
元々家内が死んだときに閉めようと思った店だが、加奈子と出会った事でここまで続けてこれた。子供も出来るだろうし、育児に専念して欲しい。
だから、これを機会に芙蓉亭は閉める事になる。
でも店舗はそのまま手をつけずへんぽらい仲間の基地にして、後進に遺すメッセージを紡いでいる。

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